HSP(HSC)として、受けて良かった教育、キツかった教育

今回のテーマは教育です。家族構成がHSPと非HSPでバラバラだと教育が大変なので、もしかしたら今困っている方もいらっしゃるかもしれない。そうなると、自分の家庭や学校での体験をベースにしてその辺りを振り返ってみる面白いかなと考えました。

まずは、私の育った家庭環境ですが、両親は非HSP、子供である私と妹は両方ともHSP(HSC)でした。

祖父母まで考えると少し複雑ですが、シンプルな核家族で考えると、子供の教育に関してHSP(HSC)が絡むのは、

・親の片方あるいは両方がHSPで、子供は1人以上がHSP(HSC)
・親の両方が非HSPで子供は1人以上がHSP(HSC)

のどちらかですが、どう見ても後者の方が教育が大変になりそうです。そして、私の家庭はまさに後者で、さらには祖父母も両方非HSPな上に、私も妹も強めのHSPでした。

学校に関しては、小学校からずっと公立で何の変哲も無い経歴です。そんな私が受けた教育を振り返ってみたいと思います。

受けて良かった教育

①何かを強制されたことがない
これは家庭での教育ですが、私は勉強しろとか習い事しろとかいい大学に行けとか、日常的なことから進路にいたるまで親から強制あるいは、強い圧力をかけられたことがないと思います。これは圧迫されるとそれを敏感に感じ取り苦しくなってしまうHSPとして、とてもありがたい教育でした。

②周りと比較されなかった
親からは周りの友人などと比較されたことがありません。周りはみんなこうだとか、あそこの子はすごいのにとか、そういったことを親が一切言わなかったことは、明らかに変わった子供だった私にとって大きな救いだったと思います。

③子供扱いされなかった
親からは子供の意見を尊重してくれ、対等に接してくれました。子供扱いされずに1人の大人として見られていたような感覚が残っていますし、親よりも優れている部分なども認めてくれたことで、繊細ながらも自信や主体性を持てるようになった気がします。

受けてキツかった教育

①感情的に怒られたこと
うちの父が怒りっぽい人で、子供を感情的に怒鳴りつけるようなことが度々ありました。その感情の波動をもろに受けてしまうので、一時期はトラウマのようになってしまい、父のいる家に帰るのが恐怖にまでなってしまいました。特に子供の時は、感情的に言われると、言っている内容が吹き飛んで、怒鳴られている感情だけがナイフのように心に突き刺さり、体が震えてうまく返答もできないくらいダメージを受けていました。

私は今でこそその傷はかなり癒えましたが、女性である妹は残念ながらまだそのトラウマを引きずっているところがありそうです。今までのカウンセリング経験からも、HSPに対して強烈に怒りや責め立てる感情をぶつけることは、百害あって一利なしと言えるレベルのように思います。

②人格否定を伴う叱責
小学校の時に、先生から「あなたは力はあるけど引っ込み思案だからダメだ」と何気なくみんなの前で言われたことが刺さってしまい、その後の人生にかなり影響を与えました。

当時先生は怒っていたわけでもなく、恐らくもったいないという気持ちで言われただけだと思うのですが、HSPはそもそも自分を責めたりダメだと感じやすいので、人格否定はかなり大きなダメージになります。

③正当な理由のない決まりの押し付け
これも家というよりは学校なのですが、いつもWHYという文字が頭の中をぐるぐる回っているような人間だった私は、「(理由は不明だけど)こういうことになっている」とか「(みんなそうするから)こうしなきゃだめ」という類の言葉があまりにも苦手でうまく型にハマれませんでした。

日本の教育システム上、そう言ったことが無数にあるので、HSCにはフォローが必要かもしれません。

HSCが日本で完全に育つハードルは高いと個人的には思っているため、もっと深掘りしたいテーマではあるのですが、今日に関しては個人的な経験ベースでお伝えしました。これに関しては色んな意見を聞いてみたいところです。

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ABOUTこの記事をかいた人

IQ155オーバーだが、自信があるのはEQ(心の知能指数)の方で、繊細な感受性の持ち主。 大学時代に週末はあらゆる大学生と人生を語り合うことに費やした結果、人を見下していた尖り切った人生から、人の感情を共感し理解する相談役の人生へとコペルニクス的転回を果たす。 これからの時代は感情の時代になると確信しており、感情のあり方が幸せに直結するとの考えから、複雑な感情の流れを論理的に整理することに挑戦している。 モットーは Make the invisible visible