HSPと許し

HSPにとって、誰かから許されるという経験が非常に重要なのではないかと最近考えている。

多くのHSPと接してきて思うのだが、彼らは自責傾向が強い。それが強い場合には自分のことを許せない。周りから見たらとても評価が高いのに、本人目線ではなかなかそうなりにくいのだ。

HSPは自分の中に理想、こうあるべきだという感覚が強く、物事がうまくいかない場合に自分に原因があると感じやすい。こういった要素が合わさると、何かに失敗すると自分を許せなくなっていく。自信もどんどん失っていく。

しかし残念ながら、自分の弱さを許し、受け入れてくれる存在は多くない。場合によってはそれを誰かに見せることすらままならない。弱さを見せたら負けだという場面が人生で無数に存在するのだ。

非HSPに許しがあまり必要じゃない理由

非HSPを見ていると、失敗したときの割り切り方がHSPに比べて格段にうまいと思う。

彼らは失敗に対して、変に自分の責任と思わずに、周りの人やその他の環境面に原因があったと結論を下し、自分をうまく保護していくことができるように見える。

日本で特徴的な、愚痴や不平不満を当事者がいないところで吐き出す文化は、欧米からはとても煙たがれられるが、まさに上記のような役割を果たしている。

責任転嫁や自己正当化と言えば聞こえは悪いが、そうやって自分が傷つきすぎないようにうまく調整しているとも言える。しかし、その調整機能はHSPにはあまり装備されていない。

その調整機能が効力を発揮する社会では、許しという概念があまり必要ない。失敗して責められたり、許されなかったりしても、別に自分の責任ではなかったと後で気持ちをうまく調整すればいいだけの話だ。

時間が多少かかる場合もあるだろうが、最終的に調整ができれば問題はない。

むしろ、起こった問題を「自分の責任」とあまり受け取らない人に対して許しは逆効果だ。自分に原因があると感じられない人を甘やかし続けると、間違いなく傍若無人なモンスターと化していく。

とするならば、件の調整機能がある人が多い社会では次のような構造に帰結すると考えられる。

誰かの失敗や間違いは基本的に責める。調整機能が発揮された場合には、本人は自分のことを責めすぎることはないし、それでも周りがしっかりと注意することで、本人も最低限は自分の責任を自覚することも期待できるわけだ。

かくして、許しの出番は構造的になくなる。

そんな社会に完全に不適合者として残されたのが、HSPをはじめとする自責傾向が強い人というわけだ。

そもそも日本の文化として、許しとは逆方向の「復讐」が昔から小説でも欠かせないテーマだった。それは現代でも受け継がれている。平成の民放ドラマで最大の視聴率を記録したのは、「倍返しだ!」で日本中の話題となった半沢直樹だった。

また、日本では何か問題を起こした有名人が再び表舞台に上がるハードルが極めて高い。許すよりも、許さない!という世界の方がどうやら好きなのだ。

自分を許せない人の生存戦略

さて、それならば社会からは責められ、自分自らをも責める人たちはどうしたらいいのだろうか。

答えはシンプルだ。自分が受け入れられない部分や、許せない気持ちまで全て包容して認めてくれる存在に出会うことが何よりも重要だと思う。

もし親がそういう存在であったらそれは幸せなことだ。多くの人にとってそうはいかない。親子関係とは難しいものだ。

そして、一番幸福だと考えられるのは、パートナーがそういう人物の場合だ。自分を認められなくても、自分を許せなくても、それをパートナーが担ってくれるとしたらそれは表現できないくらい幸せなことだ。

コロナがもたらした自粛社会は、ある意味で「自分の居場所」を明確にした。職場に行かずに済むことで大いにストレスが減った人もいれば、コロナ離婚が話題になったように、自宅には自分の本当の居場所がなかったと感じた人もいたはずだ。

人といるのが疲れるから、一人の時間が欲しいというのはHSPからよく聞かれる内容だが、それは別の可能性も含んでいる。

もし、自分以上に自分を受け入れ、認めてくれる人がいて、気を遣わないでありのままでいられるようなことになれば、その人が自分の居場所になることも大いにあるのだ。

自分で自分を愛せない分、自分で自分を許せない分、自分で自分を認められない分、パートナーが全部それを担ってくれる僥倖としか言えない境遇に置かれている一人のHSPとして、許しが必要な繊細な人たちが、許してくれる存在に出会ってくれたらと考えずにはいられない。

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ABOUTこの記事をかいた人

IQ155オーバーだが、自信があるのはEQ(心の知能指数)の方で、繊細な感受性の持ち主。 大学時代に週末はあらゆる大学生と人生を語り合うことに費やした結果、人を見下していた尖り切った人生から、人の感情を共感し理解する相談役の人生へとコペルニクス的転回を果たす。 これからの時代は感情の時代になると確信しており、感情のあり方が幸せに直結するとの考えから、複雑な感情の流れを論理的に整理することに挑戦している。 モットーは Make the invisible visible 詳しい自己紹介はこちら