誰でもできる感情のケア方法

感情疲労共感疲労といった単語が少しずつ顔を出し始めているように、人間関係における精神的なストレスが現代社会では難しい問題になっている。

人間関係の根本的な問題解決は、個々のシチュエーションによって大きくアプローチが変わってくるため、一概にこうしたほうがいいとまとめられるものではないと思うが、万人に通ずる明確な感情のケア方法が1つ存在する。

ふて寝だ。

感情の暴走と睡眠の関係

カリフォルニア大学バークレー校の教授、マシュー・ウォーカーによると、睡眠と感情にはとても深い関連性がある。(1)

彼は健康な若い大人を集め、2つのグループに分けて、睡眠と怒りに関する実験を行なった。

まず、1つ目のグループには一晩中徹夜をしてもらい、もう1つのグループには普通に眠ってもらう。

そして翌日、MRIで被験者の脳をスキャンしつつ100の画像を見せる。その画像は、なんの変哲も無い画像もあれば、蛇が襲ってくる画像のように、ネガティブな感情を引き起こしやすい画像も混じっている。

2つのグループそれぞれに対する、ネガティブな画像への感情的な反応を見ようというわけだ。

反応を観察する上で注目するのは、人間の左脳と右脳にそれぞれ1つずつある扁桃体。恐怖や不安、怒りなどの感情を生む部位だ。

実験の結果は顕著だった。睡眠不足の被験者は、扁桃体の反応が60%増幅されていたという。状況を客観的に捉えることができず、原始的な感情がむき出しになって不適切な反応をしてしまうようだ。

睡眠をよくとった人は、扁桃体と前頭前皮質という部位がしっかり結びついている。前頭前皮質は理性的な思考や判断を司り、感情をコントロールする機能を担っているため、彼らは感情が暴走しにくい。

睡眠不足の場合、扁桃体と前頭前皮質の強いつながりがなくなる。そうなると、原始的、本能的な感情にブレーキが効かなくなる。

感情は、暴走する。

睡眠負債大国日本

先の研究を踏まえると、睡眠不足の人はネガティブな感情に支配されやすいだけではなく、周りにもネガティブな影響を及ぼしている可能性が高い。

しかも、日本人の睡眠時間は短い。そういう人は残念ながら多いはずだ。

2018年のOECDの調査では、30カ国の加盟国の中で日本人の睡眠時間は一番短かった。

だが、株式会社ブレインスリープが2019年12月に行なった、全国1万人以上を対象にした調査によると、そのワースト1位だったOECDの調査の時よりも、さらに平均睡眠時間が減っているという。(2)

その平均睡眠時間は6時間27分だ。

マシューによる著書『睡眠こそ最強の解決策である』によると、彼が勧める睡眠時間は8時間。かなりの開きがある。

私は2018年に、ロサンゼルス在住のアメリカ人を東京に招待して観光に付き添った。その際、彼が私に投げかけた質問に、私はうまく返答することができなかった。

「なぜ日本人は、こんなにつまらなさそうに歩いているのか?」

ロサンゼルスがそうじゃないことは、私自身がよく知っていた。

東京では特に、ビジネス街なんかで人がイライラ、ピリピリしながら歩いているのが日常の光景だが、その原因の1つが国家的な睡眠不足だというのは間違いではないのかもしれない。

テーマとは少しそれるが、睡眠不足は感情以外にももちろん弊害がある。

ペンシルベニア大学の研究者であるデーヴィット・ディンゲスは人間のパフォーマンスに関して実験を行なった。

被験者の集中力を測る実験で、パソコンの画面が光ったら、その場所に対応するボタンを押すというものだ。光はランダムに点灯するため、反応速度や正確性を測定できる。所要時間は10分程度の極めてシンプルな内容だ。

この内容を様々な睡眠時間のグループごとに挑戦してもらったわけだが、最も深刻な結果は、慢性的な睡眠不足のグループだった。

6時間睡眠を10日間続けると、24時間起き続けていた徹夜組と同じレベルにパフォーマンスが低下する。

しかも、その状況の人は自分の睡眠不足故のパフォーマンス低下に気づきにくく、エネルギーの低い状態が当たり前だと錯覚して、睡眠は少なくても大丈夫という負のスパイラルに陥りやすいという。

「6時間寝れば大丈夫」という言葉を私はこれまで周りから何度も聞いてきた。きっと皆パフォーマンス低下が常態化していたのだろう。

さて、もう一度日本人の睡眠時間を確認しよう。6時間27分だ。

睡眠という名のセラピー

睡眠が人間の感情にとって素晴らしいのは、自分や周りのネガティブな感情の影響を少なくするという点だけではない。睡眠自体がセラピストなのだ。

睡眠には、レム睡眠とノンレム睡眠の2種類の状態があることは多くの人がご存知と思うが、ここではレム睡眠の役割について触れてみたい。

マシュー氏によると、レム睡眠中には脳内のストレスホルモンであるノルアドレナリンが完全に一掃されるという。この不安を誘発するホルモンが脳内の間から完全になくなるのは、レム睡眠の間だけだそうだ。

とてもイライラしていたり、不安に襲われていた時に、寝て起きたら気持ちがスッキリしていたという経験をしたことがある人は多いと思う。まさにそのことだ。

また、トラウマになるような経験をした人が、その体験を夢で見ることでトラウマを克服するという驚くような作用もあるようで、レム睡眠のセラピストとしての能力は相当に高いことが示されている。

つまり、ふて寝すること、たっぷり寝ることは感情のケアに絶対に欠かせない。

イライラしている、不安で仕方ない、などの症状を根本的に解決する方法は落ち着いて考えるしかないが、まずは落ち着くためにも積極的にふて寝をお勧めしたい。

ちなみに、同じようなストレス時に用いられる、やけ酒という発散の仕方はどうなのだろうか。

実はこれは完全にアウトだ。アルコールは最も強力なレム睡眠抑圧因子の1つだそうで、優秀なセラピストであるレム睡眠の効果を受けられない。

ストレスを発散するどころか、長期的には全く逆の効果になりかねないのだ。

今回は感情という観点から睡眠の素晴らしさに触れたが、もちろん肉体の健康にとっても睡眠の万能薬っぷりは計り知れない。紹介した書籍は素晴らしい内容がとても多いので、参考にしてはいかがだろうか。

人類よ、まずは寝よう。

睡眠こそ最強の解決策である Kindle版

参考・引用
(1)マシュー・ウォーカー『睡眠こそ最強の解決策である』2018年、SBクリエイティブ

(2)https://brain-sleep.com/sleep-deviation/research2/

2 件のコメント

  • こんばんは。
    なんとか7時間睡眠といったところです。
    HSPってロングスリーパーなんですよね?
    日本人、つまらなそうに歩いてますか?(苦笑)
    確かにそうかも。
    私のいる田舎でも厳しそうな顔をして歩いてますから。
    日本全域にいえることかもしれませんね。
    とにかく時間に追われていてヘトヘトな自覚はあります。
    HSPの人は扁桃体のこと、一度は調べた経験があるはず。
    新生児でほとんど完成している扁桃体に対し、
    頼みの綱の前頭前皮質は成熟に時間がかかるわりに、
    中年になると真っ先に衰えていくとか。
    嘘やん……と愕然としましたから。
    シニアでキレやすくなる人と達観できる人と
    明確に分かれる原因でもあるみたいです。
    自分の内側を常に意識して脳を鍛えましょう、
    と書いてありました(汗)
    それにしても、人間の習慣って恐ろしいですねぇ。
    睡眠不足&低エネルギーに慣れてしまう?とは。
    年末年始はパジャマのままで、
    布団の上でお菓子を食べながら
    海外ドラマの一挙放送を見たいです(笑)
    ちなみに私は運動の方には実感があります。
    仕事でトラブルが起きても
    ウォーキングの後だと、あまりテンパらない
    ことに最近気がつきました。
    (長々と失礼いたしました)

    • こんばんは。いつもコメントありがとうございます!

      HSPと睡眠時間に関してはあまり聞いたことがないです。そうだとしたら興味深いですね。確かに私も完全なるロングスリーパーです。

      多分つまらなさそうに歩いているというのは、田舎と都会ではだいぶ差があると思います。特に東京の雰囲気は独特な感じがします。

      理性と感情のコントロールと脳科学は、とても研究として面白そうな分野ですよね。今後も新たな新事実が明らかにされるのを期待するばかりです。しかし、とてもよく調べていらっしゃるのですね!

      確かに睡眠もそうですが、ネガティブな感情にはまってしまった時にどう切り替えるのかというのは、万人が必要としている部分なんでしょうね。

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    ABOUTこの記事をかいた人

    IQ155オーバーだが、自信があるのはEQ(心の知能指数)の方で、繊細な感受性の持ち主。 大学時代に週末はあらゆる大学生と人生を語り合うことに費やした結果、人を見下していた尖り切った人生から、人の感情を共感し理解する相談役の人生へとコペルニクス的転回を果たす。 これからの時代は感情の時代になると確信しており、感情のあり方が幸せに直結するとの考えから、複雑な感情の流れを論理的に整理することに挑戦している。 モットーは Make the invisible visible 詳しい自己紹介はこちら