話を聞くことが好きになると、人生が完全に変わる②

先日のブログに引き続き、話を聞くという味わいについて考えてみます。前回は、話を聞くのが好きになるというテーマでしたが、今回はもう少し技術的な側面についてです。

話を聞くことが好きになると、人生が完全に変わる

2019年8月21日

傾聴のコツとして、よくあげられるのが、相手の話に対して頷く、相槌を打つ、オウム返し(相手の言ったことをそのまま反復する)などです。また、相手の言ったことを確認するため、途中で相手の話をこちらから要約しながら聞くというのも手法としてよく耳にします。

しかし、これらの手法をどれだけ上手に用いても、聞き手としてこれが欠けていた場合は相手から信頼を勝ち取るのが難しい要素があります。

それは、話を聞く目的を、相手のことを理解しきるという一点に絞ることです。それでは具体的に考えてみましょう。

味方ではあるが、持論が強い

あなたは友人に自身の問題を解決してもらうために話を聞いてもらうとします。ただし、事情が複雑なため、その辺りを全て理解してもらう必要があります。

実際に友人に相談を始めると、事情の半分ほどを話し終えたところで、友人が「大体事情はわかった」と切り出し私にアドバイスを話し始めました。友人は、自分の意見に自信を持っており、力強い話が終わる気配はありません。仕方なく友人のアドバイスに耳を傾けていると、友人は私の事情を半分ほどしか理解していないため、「そうじゃないんだけどなぁ…」という角度からのアドバイスになっています。

このままではまずいと思い、途中軌道を修正しようと自分の事情をもう少し伝え始めましたが、またすぐに友人がカットイン。友人は「それは分かったけど…」とまた持論を展開し始めました。とにかくアドバイスしたい様子です。しかも 友人は善意で私に味方しようとしてくれているため、無碍にするわけにもいきません。私は完全に状況を理解してもらった上でのアドバイスをもらうことを諦めて、友人に言わせたりだけ言わせて話を切り上げました。

すぐに善悪判断を下され、味方でさえない

全く問題解決にならなかった私は、別の友人に相談することにします。今度の友人にも同じように事情を話し始めると、案の定途中で友人のカットインが入ります。「え…。それってあなたが悪いんじゃないの?」私はそんなことを言われると思わずに驚きます。

自分の事情をまだ半分ほどしか話しておらず、全て聞いてもらったから判断してもらう必要があるのですが、友人はもう途中の段階で、私に問題があると決めつけて説得を始めました。「そうじゃないんだけど…」と私も軌道修正を試みますが、一度自分の意見を表明した友人の態度はあまり変わらず、理解されることのない残念な時間となってしまいました。

問題解決を急がない

さて、これらのケースの聞き手側の問題点を考えてみたいと思います。

最初のケースでは、恐らく相談された友人は私の問題を解決しようという善意で色々と考えてくれたのでしょうが、話を聞く目的をすぐに「問題解決」においてしまうと、相手の事情や気持ちが置き去りにされ、話を聞く側としては信頼を勝ち取れません。さらに残念なことに、こう言った場合、相談者からネガティブなフィードバックは基本的に返ってこないため、同じようなことを繰り返してしまうことになるでしょう。

こういったシーンは、時間制限のあるビジネス上の会話は当然のこととして、子供の成績が悪いことに対して子供のことを理解しようとせずにとにかく塾に行かせる親、話を聞いて理解して欲しいだけなのにパートナーの男性からアドバイスばかりされて辟易している女性など、日常にありふれています。分かってもらえないと思っている人がこの世界には多すぎる。

相手がそもそも問題解決を求めていない場合もありますし、問題解決を求められているとしても、相手が話し尽くし、こちらが状況を理解し切ってからというのが1番無難です。これがシンプルながらとても難しい。特に効率や生産性を求めるビジネス感覚の強い人や、男性的な人には訓練が必要でしょうが、これができなければ他のテクニックはあまり意味がありません。

良い悪いをすぐに決めつけない

そして2番目のケース。
相談者の話半ばで、友人がすぐに善悪の判断をしてしまうという展開です。これも多いケースなのですが、物事には当事者たちの複雑な事情というものがあり、話半ばで悪いとかダメだとか判断されると、それ以上その人に話す気が起きなくなってしまいます。

仕事であれば失敗やミスをすぐに責められるのは嫌なので、こういう人間にはマイナスの報告がいかないようになり、信頼を失うでしょうし、成績ありきで人をすぐに評価する学校、当事者でもないのに限られた情報ですぐに批判するコメンテーターなど、この傾向に陥りやすい環境がいくらでもあるのが難しいところです。

厳しい判断を下すこと自体は必要なこともありますが、ネガティブに判断するとしても、相手のことを理解し切ってからが無難です。このケースのような姿勢では、話を聞くことは中々上達しません。

そこにあるハサミを取って欲しいというような相手を理解する必要のない会話なら別ですが、じっくりと話す場合、相手の気持ちや事情を理解することをまず目的として、それまでは問題解決や余計な判断をせずに聞いてみる。そうすることで、話を聞くこと自体が上達しますし、相手の気持ちに寄り添うことができ、結果として信頼もされる。そういった美しい話の聞き方が増えていくと皆が幸せになっていくのではないでしょうか。

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IQ155オーバーだが、自信があるのはEQ(心の知能指数)の方で、繊細な感受性の持ち主。 大学時代に週末はあらゆる大学生と人生を語り合うことに費やした結果、人を見下していた尖り切った人生から、人の感情を共感し理解する相談役の人生へとコペルニクス的転回を果たす。 これからの時代は感情の時代になると確信しており、感情のあり方が幸せに直結するとの考えから、複雑な感情の流れを論理的に整理することに挑戦している。 モットーは Make the invisible visible