若者のLINE離れを全力で考察する

ここ1年ほどで、若者のLINE離れの話題を度々耳にするようになってきた。統計的な情報に触れているわけではないが、肌感覚としては間違っていないように感じている。

一昔前ならば、コミュニケーションのツールとして、LINEは日本において他の追随を許さないほど王者の位置に君臨しているように見えた。わかりやすいライバルと言えるような存在はいなかった。

LINE離れを主張する10代の子たちは、InstagramやTwitterを多く使用し、直接的な連絡が必要ならDMの機能で済ませるという。

まだ大きな流れと言えるほどの変化ではないとはいえ、将来の風景を一番早く先取りするのは間違いなく10代の子たちであり、彼らの感性が未来になる。

その些細な変化がどうして起こっているのか。ただの妄想になるかもしれないが、繊細な感情面から考察してみたい。

個室とイベント空間

人間関係における面と向かっての対話というコミュニケーションのあり方を個室と表現すると、ネットが普及していない頃に遡れば遡るほど、コミュニケーションのスタイルは個室型が主流だった。

つまり、電話で1対1で話すにせよ、友人4人でレストランで話すにせよ、個室の中のように「この空間にいるのは誰か」というのが明確で、個室の中にいる以上は、会話に参加することを積極的に求められる環境だ。

それに対して、InstagramやTwitter、FacebookなどのSNSは明らかに個室ではない。誰かが何かを発言した場合に、それに対して反応しなければ不自然な個室に対して、これらのSNSは他人の投稿を見る必要も、それに反応する必要もない。

その空間を個室に対して何と表現するべきなのかは非常に難しいところだが、多くの人がいるにもかかわらず、好きなコトやモノにしか関心を持つ必要がないという意味では、祭りや様々なブースがあるイベントのような空間に近いと言えるだろうか。

モニターが無数にあり、あらゆるスポーツが放映されていて、同じスポーツが好きな人同士で輪に加わるも加わらないも自由な感じの、アメリカで体験したスポーツバーなんかもそれに近いかもしれない。

このイベント空間では、自分がいいと思った内容にのみ反応することをよしとされる。どこのブースに行ってもいいし、そこでどのくらいのコミュニケーションを取るかも自由。関心がないなら無視しても問題ない。発信したければ自分でブースを作ることもできる。

ネットの普及により、このイベント空間はSNSを通して爆発的に広がってきた。

個室離れという時代の流れ

個室にもイベント空間にもそれぞれの特徴があるが、個室の最大の特徴といえば「相手に向き合わなければいけない」ことだ。

決して相手を無視してはいけないし、相手に気を遣わなければいけない。相手に関心がなければ成り立たず、当然相手の話も聞く必要がある。

相手と親密な関係で相性が良ければ、それは有意義で至福の時間となりうるが、そうで無ければ面倒で負担がかかるものにもなり得るのだ。簡単に言うと義務っぽくなる。

価値観や相性がすごく合うので、どれだけ話してても苦にならず、いつも個室に一緒にいたいと思える関係は残念ながら多くはないだろう。個室に一緒にいる相手と合わない場合は、表に出すかは別として、怒りや不満や妬み、相手に気を遣うストレスなどを自分の中に抱えることになる。

しかし、イベント空間はその手の煩わしさからかなり解放されている。空間には多くの人がおり、誰かと義務的に向き合う必要はないのだ。

そして、ネットが普及していなかったため、コミュニケーションとして個室しか身近には存在しなかった時代と違い、個室かイベント空間かを選べるなら、今の若者はどちらを選ぶだろうか。想像するのはそんなに難しくない。

LINEは典型的な個室型のコミュニケーションツール

それではコミュニケーションのあり方とSNSがどう関係するのか。

もうお察しの方も多いと思うが、InstagramやTwitterがかなりイベント空間寄りのツールなのに対して、LINEは個室の色合いが強いツールなのだ。しかも、グループでない場合は、完全に1対1の個室となる。

LINEから広がった既読機能はその象徴とも言える機能で、相手を自分に向き合わせる効果を持つ。既読スルーや未読スルーという概念も、個室ならではのもので、相手と向き合うことのプレッシャーを感じさせる。

もし、会話におけるデメリット面を強調するのであれば、LINEのような個室空間から、InstagramやTwitterのようなイベント空間に若者たちが移行するのは極めて自然な感覚なのではないだろうか。

ちなみに、SNS界隈以外でも個室離れの傾向と考えられる現象がいくつかある。恋愛離れや結婚離れだ。近年よく聞くようになってきたこれらの単語だが、同じ切り口で説明できる。

恋愛や結婚は1対1の究極的な個室なのだ。個室以外の空間で心地よく生きることを覚えた若い世代が、究極的な個室の形に個室することなくそこから離れていったとしても、全く不思議ではない。

彼らが恋愛や結婚に対して、コスパが悪いとか自由が奪われるとか面倒くさいという言葉で表現するのも、もちろんそれだけが理由ではないとしても、個室回避の動きにわたしには映る。

また、結婚を選択した人生でも、最近では夫婦の寝室別室がよく取り上げられるようになってきており、年齢が上がるにつれて顕著に別室に移行していくようだ。

当然ながら、同室におけるメリットがデメリットを上回るならば寝室を別にする必要は全くない。この内容が意味するところは、例え結婚していても、個室型のコミュニケーションスタイルから脱却しようという動きなのではないだろうか。

高齢夫婦になればなるほど寝室の別室化が加速している現象は、今の若い世代と違って、自分たちが若い頃には個室型のコミュニケーションしか存在しなかった世代にとってのLINE離れのようなものかもしれない。

個室はもはや古いのか

ここまで個室のデメリットを書き連ねてきて何なのだが、個室にも大いにメリットがある。

個室はイベント空間ではやりにくい、特定の少数での深い会話が楽しめるという側面があり、仲の良い人と一緒にいるのが苦でないと感じられるならば、寧ろ幸せを提供してくれる。

ただ、個室の方がいいと思えるには、お互いの弱さをさらけ出せること、相手の価値観や感性を許容できる器や、共感による喜びを感じられる感性、謝ることや許すこと、感謝することができるという側面がどうしても必要になってくる。

つまり、相手とぶつかるとか相手に気を遣うというデメリットを、相手と時間や空間を共にできるメリットが上回らなければいけないのだ。

にも関わらず、そのような性質は習得を大変軽んじられている。現代人はわかりやすく即効性のあるものや、お金になるものの習得に一生懸命で、個室を楽しむための能力のように抽象度が高いものには関心があまりなさそうだ。

そう考えると、全体としてはどんどん個室離れが進み、個室として幸せや喜びを味わう人は少なくなってくるというのが流れだろうか。そんな中で、幸せな個室を展開しているという浮世離れした人たちに注目が集まってくると、また面白い時代が到来しそうだと思っている。

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IQ155オーバーだが、自信があるのはEQ(心の知能指数)の方で、繊細な感受性の持ち主。 大学時代に週末はあらゆる大学生と人生を語り合うことに費やした結果、人を見下していた尖り切った人生から、人の感情を共感し理解する相談役の人生へとコペルニクス的転回を果たす。 これからの時代は感情の時代になると確信しており、感情のあり方が幸せに直結するとの考えから、複雑な感情の流れを論理的に整理することに挑戦している。 モットーは Make the invisible visible 詳しい自己紹介はこちら