自責傾向の人たちの新たな可能性

先日とある大学院生がこう話してくれた。

「自分はいつも人生で失敗してきたから自信がない」と。これだけ聞くと自信がない人のテンプレートのような発言なのだが、以前からこの子の放つ雰囲気には特徴があり、今回ようやくそれが整理された。

彼女には誰かのせいにするという発想がないのだ。本音を吐露してくれたことは多々あったが、誰かを責める発言を決してしなかった。

しかし、そういう発言を避けるのは「批判的な発言をすると、よく思われないから」という理由である人も多い。つまり、心の内には批判的な気持ちが渦巻いていても、それを他人に見せても大丈夫かどうかを慎重に吟味しているような人だ。

そういう人は比較的多く、カウンセリングをやってきた経験上、見抜くことはさほど難しくないのだが、今回はそうではなかった。

批判的な波動が全く出ないのだ。聞いてみると、誰かのせいにするのはとにかく嫌だということだった。論理的な何かではなく、本人の心深くに根付く美意識なのだろう。

率直に、とても美しい感性だと思った。

自責と他責の美意識

人を責めることを良しとしない人がいる反面、その何倍もの人が、生きていく上で自分のことを少なからず棚に上げて誰かのせいにすることを覚える。

自分に原因があると捉えて反省することは精神的に力がいることだが、誰かのせいにするのは多くの人にとって簡単だ。

また、悪気はなくても、誰かの攻撃から自分を守るために、不本意ながら人のせいにすることを選択する場合もある。

日本社会の場合、他責の文化が強く、その割合も多く感じられるため、自分の非を認めた場合にはかえって責任を追及されることを多く経験する。

そうすると、自責の傾向が強い人が生きづらくなってしまい、他責の傾向が強い人はより他責に磨きをかける。

自責傾向の人はせっかく持っている美しい心のあり方を発揮できずに苦しむばかりだ。

そこで、そういう人たちに光を当てるせめてもの抵抗として、自責の人たちが持つメリットを考えてみたい。

人間関係の相性

単純化した1対1の人間関係を考えると、「自責×自責」「自責×他責」「他責×他責」では、「自責×自責」の組み合わせにおいてのみ、心理的安全性の保障が容易だ。

他の組み合わせでは、衝突あるいは一方的な力関係が現れるが、自責同士の組み合わせは、経験した人ならわかると思うが心理的な安心感を得やすい。

そういう友人関係や家族関係が展開されるとするならば、他責傾向の強い人たちからすると幸せそうに羨ましく映ることもあるかもしれない。

何にせよ、自責傾向の強い人は、相手次第ではあるが、感じられる幸せのポテンシャルが高いと私は分析している。

人としての成長の可能性

私は人の成長というのは、自分に原因があると思い責任をもっていく主体的な姿勢や行動から起こるものだと考えている。

もちろん何か問題が起こった時というのは、必ずしも自分だけの問題でないことも多いし、原因の多くが自分以外にあるかもしれない。

しかし、そういった場面でも自分ができることは何だったのか、自分はどうするべきかなど、アドラーが言う課題の分離のように、自分のできることを考え実行することが成長につながる。

ただし、残念ながら難しい事象にぶつかればぶつかるほど、人は自分の責任に目を瞑り、犯人探しを始めることで自分を納得させる。その犯人が誰にとっても納得しやすい多少ならそこで集団いじめが始まる。日本でお馴染みの光景だ。

そういった感情が攻撃となって渦を巻くのは、ある程度仕方のないことなのかもしれないが、自責の強い人はそこにエネルギーを使うことは少ない。

自分の問題と捉えやすいその気質は、その人の成長の可能性が高いということを示すものでもあると思う。

コミュニティとしての可能性

最後に1つ触れておくならば、世界で一番平和なコミュニティは、おそらく他責が嫌な人だけのコミュニティなんだろうなぁと思う。

HSPはその傾向が強いと思うが、そういう人たちが穏やかに居場所を求める都合環境があったら世界平和に向けた好例にさえなりそうだ。

何よりも、攻撃に疲れ切っている当人たちのニーズがものすごく高そうなのも魅力的だ。そのようなコミュニティが今後現れてくるととても面白い。

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ABOUTこの記事をかいた人

IQ155オーバーだが、自信があるのはEQ(心の知能指数)の方で、繊細な感受性の持ち主。 大学時代に週末はあらゆる大学生と人生を語り合うことに費やした結果、人を見下していた尖り切った人生から、人の感情を共感し理解する相談役の人生へとコペルニクス的転回を果たす。 これからの時代は感情の時代になると確信しており、感情のあり方が幸せに直結するとの考えから、複雑な感情の流れを論理的に整理することに挑戦している。 モットーは Make the invisible visible 詳しい自己紹介はこちら