考えるんじゃない、感じるんだ

「今この時」を味わう

日本でもマインドフルネスの概念が広がり始め、今この時に集中する、今この時の感覚を味わうということの意味が情報としては広がっています。

個人的にも、その感性を重要視しています。その時その時の自分の感情にフォーカスしなければ、物事に対する感性や人に対する愛情が磨かれない。そうなると論理や合理性に偏った生き方になり、幸せの範囲が狭まると思っているからです。

ただし、これは情報が溢れている現代社会に生きる人たちにとってとても難しい。真っ先に考えられる1番の敵はスマホです。もちろん使いこなす人間の側の問題が大きいですが、スマホがあると、マインドフルネスの生活化がとても難しい。

ただ、そういう物質的な問題だけではなく、より内にも本質的な問題もありそうです。今回はそこについて考えてみます。

その時を最大限味わっていた男性

先日とあるホテルに泊まった際、朝食バイキングの席に着きました。大きな窓の外に広がる大自然は、湖と山と森が調和した絶景で、とても落ち着いた音楽がかかっています。

人間観察が趣味の私はついつい周りの人がその時間をどう過ごしているのか、少し観察していました。

若い層を中心に、スマホを見ながら食べてる人や食べ終わったらスマホをいじっている人がいる中、若い白人の男性がテーブルに私物を一切出すことなくじーっと外を見つめながら食事に集中していました。

食事中の1つ1つの動作がとても遅く、側から見ても明らかに味わって食べていることが感じられるような様子です。また、良い姿勢で時折外をじーっと眺めています。

結局その白人男性はかなり長い時間1人でレストランに滞在していたのですが、見ているだけで本当に学ばされました。

料理の一品一品、外に見える風景、彼はその時間に味わえるものを本当に大切にしているなぁとつい見入ってしまいました。その時にしか味わえない料理や景色や雰囲気、様々な情緒があることを私たちは忘れがちです。

しかし、考えてみれば私たちは昔はみんなそうだったのです。

小学生と大学生

大学時代に小学校の放課後学級で子供達と遊ぶボランティアをやっていました。相手は主に小学校の低学年の子たちでしたが、私が彼らと接していて感じたのは、「今その時」を何よりも味わっているということでした。

その時目に入った物に一回一回面白がったり不思議がったりしながら感情をあらわにします。もちろん泣いたり喧嘩したりもしますが、自分の気持ちにとても正直だなーと新鮮に感じました。

しかし、20歳くらいの子たちのカウンセリングをしていた時は、その全く逆を感じていました。自分の気持ちを素直に表すどころか、自分の気持ちが分からなくなってる子が意外に多い。

迷子になった自分の気持ち

自分の気持ちがわからない?何言ってるの?と思うかもしれませんが、本当にそうなんです。

親には何を期待されているのか。周りの友人たちはどう思っているのか。何が無難な選択肢なのか。どうするのが正しいのか。人気なのは何か。

そういったものに押しつぶされてしまった彼らは、自分の気持ちがもはや埋もれてしまっている。

若いうちだけがこうかというと、そんなことはなく、おそらく就職したら、仕事の中で自分の感情を殺さないとやっていけない部分がさらに増えて、感じる機能がさらに停止していく気もします。

皆さんは自分の気持ちに日々気づいていますか?美しい景色に感動したり、その日のご飯の美味しさに気づいたり、人の何気ない優しさに触れて涙を流したり、行きたいと思ったところにすぐに行ったり、静かな空間を心地良いと感じたり、虫や鳥の声に耳を傾けたり、細かい季節の変化を味わったり、いつもと違う何かを感じたり…。

一瞬一瞬を味わうことの尊さはもちろんですが、それをどこかに落としてしまってはいないか…改めて考えておきたいところです。

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ABOUTこの記事をかいた人

IQ155オーバーだが、自信があるのはEQ(心の知能指数)の方で、繊細な感受性の持ち主。 大学時代に週末はあらゆる大学生と人生を語り合うことに費やした結果、人を見下していた尖り切った人生から、人の感情を共感し理解する相談役の人生へとコペルニクス的転回を果たす。 これからの時代は感情の時代になると確信しており、感情のあり方が幸せに直結するとの考えから、複雑な感情の流れを論理的に整理することに挑戦している。 モットーは Make the invisible visible