無意味な競争や比較は誰も幸せにならない

皆さんは競争にどのようなイメージをお待ちでしょうか。競争が好きな人であれば、その言葉だけで燃えてくるでしょうし、勝ち負けにあまりこだわりがない人、むしろ競争はせずに平和に物事をすませたい人もいると思います。

個人的には、競争は美しい文脈で語られやすいですが、競争故に物事を破壊することも多いと考えており、競争が目的として成り立つ場面とそうでない場面について人間の感情を踏まえつつ考えてみたいと思っています。

競争が目的として成り立つ場合

高順位を獲得することが目的となり得るものは競争が目的として成り立つと思っています。オリンピックやW杯などを始めとするスポーツの大会や合格者数が決まっている受験などはこれに該当し、これらの競争に負けてしまうということは、それまでの努力の意味が全くなかったということにはならないとしても、残念ながら1番大切な目的は果たせなかったと言えます。

そういう意味で、運動会のかけっこは競争が目的として成り立つはずなので、今でも残っているのかわかりませんが、順位をあえてつけないという風潮は違和感が残ります。

競争に負けて傷つく足の遅い子に配慮するのであれば、かけっこに参加しない選択肢を作ったり、競争種目を制限するなどの調整を行うべきで、競争が目的の種目で順位をつけないのでは何のためにやるのかよくわからなくなってしまいます。

スポーツの大会と書きましたが、小さい子供向けに、勝つためではなく楽しむためのスポーツを教えている教室などは素晴らしい目的を持っていると思っています。

競争のデメリット

それに対して、高順位を獲得することがそもそもの本質的目的ではない場合、競争意識を持たせると、デメリットが生じる可能性があります。大きく分けて2点です。

1点目は、本来の目的よりも競争の方が優位になってしまい、本来の目的を見失ってしまうこと。

ビジネスの場合、他社との競争や社内での競争は、本来の目的かと言えばそうではないため、その競争に勝ってもその会社における本来の目的を達成できないことがあります。

例えば、その業界で上位のシェアを獲得していても経営は不振とか、社内の出世が望めても会社自体が不振とかそういうケースはいくらでも考えられます。しかし、競争自体の刺激が強いため、自分でも競争自体が目的化してて気づかない状態をよく見てきました。もちろん、ライバルがいるからこそ頑張れる側面があることは否定しません。

ただ、本当に勝つことが目的なのかどうか…実は本来の目的は周りとの勝敗とは関係ないところにあるのではないか、じっくり考えてみる必要はありそうです。

2点目は、競争自体が苦手な人にとっては、競争文化がモチベーション低下の深刻な要因になることです。

私が営業の管理職をやっていた頃、どうすれば営業実績が上がるのかという実験を色々と行っていました。

従来のような競争色の強い文化にしてしまうと、数字に対するこだわり強く、勝つためなら誰にでもアドバイスをもらいに行くようないわゆる競争好き、ゴール志向の人が台頭します。

しかしそういった系統の人は、世代が若くなればなるほど少なくなっているように感じていて、ついて来られなくなってきていると感じていました。この原因などは今回は考察しませんが、以下の記事で多少触れています。

個人の幸せが透けて、幸せを自分で選択する時代に

2019年9月25日

そこで、競争色の薄い文化(それぞれの営業実績を公表しない、こちらから周りとの比較を思わせるような発言を一切しない等)を意識して作ったところ、顕著に女性の営業実績が上がり、男性は逆に伸び悩みました。

恐らく、男性に競争好きな人が多く、女性は露骨に比較される状況になると力が出せない人が多いのだと思われますが、今回はそこには触れず、競争的な雰囲気がない方が力を発揮する人が多くいるということを明言するに留めたいと思います。

無意味な競争を終わらせる

今回競争に触れたのは、私自身が競争が嫌いだからではなく(むしろ競技性のあるスポーツやゲームに関しては競争大好きです)競争の文化によって、女性を中心に力を発揮できずに苦しんでいる人を多く見てきたというのが1つ。

また、問題の解決策をみんなで模索するための会議が、いつのまにか相手を言い負かすことが目的の実質喧嘩に成り代わっているのを目撃したり、競争には勝っているけど内実が全く伴わない人や状況を見てきて競争に限界を感じていることがあげられます。

勝ち負けとかにこだわらない協調を好む人や、周りと一切比較することなく黙々と独りで物事をこなすのが好きな人たちにも光が当たるようにと願ってやみません。

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ABOUTこの記事をかいた人

IQ155オーバーだが、自信があるのはEQ(心の知能指数)の方で、繊細な感受性の持ち主。 大学時代に週末はあらゆる大学生と人生を語り合うことに費やした結果、人を見下していた尖り切った人生から、人の感情を共感し理解する相談役の人生へとコペルニクス的転回を果たす。 これからの時代は感情の時代になると確信しており、感情のあり方が幸せに直結するとの考えから、複雑な感情の流れを論理的に整理することに挑戦している。 モットーは Make the invisible visible