激化する男と女の戦い

20世紀に肥大化した権利意識は、様々な利権と結びつきながら特に欧米社会で拡大を続けている。

人権は非常に大事な概念だということに異論はないが、人間の自己中心な感情は「人権」という言葉を「自分が被害者であり、他人が加害者である」という意味合いを正当化し助長する方向に用いる。

あたかも「平等」という概念が、誰か不平等な扱いを受けている人を助けるために使われるよりも、自分が不平等な扱いを受けていることをアピールするために使われるように。

その中でも、今激化しているのは男性・女性の権利、男女平等の概念だ。

見方によっては、男女間は徐々に戦争状態に入りつつあるようにさえ見える。

男性至上主義

マノスフィアと呼ばれる男性至上主義コミュニティがある。女性を嫌い、女性の権利拡大に反対する彼らは、ここ5、6年のうちにオンライン上で存在感を増している。

そのマノスフィアの中にも分類があるようで、1つは男女平等を訴えるフェミニストたちの活動に対し、男性の権利を主張し、真っ向から反論するMRA(Men’s rights activist)と呼ばれる政治的活動家グループ。

女性をただ性的対象として位置づけ、ハンティングするように一夜の関係を楽しみ、女性と性的関係を持つ権利を声高に主張する「ナンパ職人(Pick Up Artist)」と呼ばれるグループ。

また、自分たちに女性と接点がないことを恨みのエネルギーへと変換し、全て女性のせいにする非モテ過激派である「インセル」というグループ。彼らが女性を襲撃する事件はアメリカで少しずつ見られるようになってきた。

最近では、とにかく女性を避けようとする男性至上主義団体も現れてきた。“Men Going Their Own Way”の頭文字をとって「ミグタウ(MIGTOW)」というらしい。彼らは復讐ではなく、女性に対する不信から、とにかく距離を置くことを重視している。

英ガーディアン紙によると、「女性を部分的に避ける」という発想自体はアメリカ社会でも浸透しつつあるようで、2019年の調査ではアメリカ人男性の27%は女性の同僚との1on1のミーティングを避けていると答えている。(1)

そのきっかけの1つになったのは、マイク・ペンス副大統が生み出した「ペンス・ルール」だ。副大統領は、自分は妻以外の女性と一対一で食事をしたことがないと発言したのだった。

この発言自体は、伝統的なキリスト教保守派を支持基盤に持つ、共和党の政治家らしいと言えば確かにそうなのだが、女性を避ける「ミグタウ」のメンバーからすると、違う意味合いが強調されることになる。

それは、#Me Too運動などで世界的に強まったフェミニズムの流れの中で、「女性と不適切な接触をした」と告発されたら、それが真実であるか否かに関係なく人生そのものが終了してしまうことに怯えた男性たちが用いる、自衛のための武器という側面だ。

過激なフェミニズムから自分を守るためにも女性を避けなければならない。そのために副大統領という権威のある人物が発表した「ペンス・ルール」はとても効果的に利用されている。

私自身、1人の男性として、女性嫌悪の感情はまるでないが、この主張自体は部分的に理解できるところもある。

「それでもボクはやってない」という事実を元に痴漢冤罪をテーマとして扱った映画が13年前に話題になったが、私はいまだに痴漢冤罪が怖くて満員電車に乗れない。

痴漢に間違えられた場合は冤罪になりやすいし、そうなると社会的抹殺されることになる。実刑の期間のみならず、人生に致命的な傷が残る。

女性だけではなく、男性専用車両も欲しいという声は個人的に非常によく理解できるし、実装された場合には、私は混雑時は確実にそちらに移動するだろう。

女性と親しくすることで起こりうるリスクを避けたいという一点においては同意できなくはない。

ただし、その段階と、女性嫌悪には相当な隔たりがある。先述の27%のアメリカ人男性のほとんどは女性を嫌っているわけではないだろう。マイク・ペンス副大統領も含めて。

女性至上主義

ここ最近、「私は男が大嫌い」というフランス発の本が話題だそうだ。出版直後に差別的な表現が問題となり、販売取りやめの圧力がかかったことでさらに話題になったという。

フランスのメディアGQによる、著者へのインタビューによると、フェミニスト的な観点で男性を観察すると、男性を嫌いになるのは当然だという。難しいのはそのことを受け入れ、主張することだというから中々強烈だ。(2)

彼女のインタビューは男性嫌悪の感情たっぷりの刺激的なものになっているが、主張の一部は理解できる。

21世紀までの歴史はほぼ殺戮の歴史だが、それを主に主導してきたのは男性だし、現代の男性の女性に対する性暴力や、男性中心文化の女性に対する押し付けはいまだに根深い。

European Institute for Gender Equality によると、2019年の欧州主要国の女性役員率は軒並み30%〜50%の範疇に収まっている。それに対して、内閣府によると、日本の上場企業はわずか5%ほどだ。日本にとっても他人事ではない。

女性は社会で生き残る上で、男性の文化を強制的に学び適応するしかないが、男性が女性の文化を理解する必要性は少ない上に、ほとんどの男性がそこに関心を示さない。

田舎に行けば、奥さんのことを「おい」と呼ぶおじいちゃんにたくさん会うことができる。確かに男女平等は重要だろう。

ただし、男性を嫌悪することが男女平等を促す上でスマートな戦略かどうかには大いに議論の余地が残る。

男女の違いというタブー

お互いにヘイトを向け合う前に、まずはお互いの違いを理解すればいいのではないかとあなたが思ったとしたらそれは確かに賢明な意見だ。

しかし、ポリティカルコレクトネス(政治的な正しさ)が重要視される現代では、それさえも難しくなってきている。

男女の違いを、生物学や心理学などを用いながらユニークに説明した世界的なベストセラー「話を聞かない男、地図が読めない女」の著者であるピーズ夫妻は、本を書くのが大変だった理由を次のように説明する。(3)

この問題の根本的な原因は、男と女はちがうという単純な事実に尽きる。どちらが良い悪いではなく、ただちがうのである。これは科学者、人類学者、社会生物学者には常識でありながら、あえて世間には知らせてこなかった事実だ。というのも、人種や性別、年齢などで人間を差別しない、つまり「政治的に正しい」ことをめざす社会では、そんなことを口にするとつまはじきにされるからだ。(中略)この本に載せた意見のなかには、薄暗い密室で、本人や所属組織については言及しないという約束のもと、企業の重役や大学教授から「オフレコ」で聞きだしたものもある。彼らの多くは本音と建て前を使いわけていた──世の中に堂々と出せる「政治的に正しい」見解と、「引用されたら困る」ほんとうの意見である。

他にも、ピーズ夫妻は、ポリコレの観点から社会的に抹殺された男女差に関する調査の存在など、難しい現実を説明している。

どうやらポリティカルコレクトネスは男女はあらゆる意味で完全に同じでなければ差別だとしたようで、差別と区別の垣根を撤廃してしまったらしい。

そういう複雑な現状に鑑みるに、もしあなたがパートナーと男女の違いを理解した上で幸せを感じながら助け合って生きているとすれば、この21世紀においてとても恵まれた存在なのかもしれない。

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参考・引用
(1)https://www.theguardian.com/lifeandstyle/2020/aug/26/men-going-their-own-way-the-toxic-male-separatist-movement-that-is-now-mainstream

(2)https://courrier.jp/news/archives/214223/

(3)アラン・ビーズ、バーバラ・ビーズ「新装版 話を聞かない男、地図が読めない女」主婦の友社、2015年

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IQ155オーバーだが、自信があるのはEQ(心の知能指数)の方で、繊細な感受性の持ち主。 大学時代に週末はあらゆる大学生と人生を語り合うことに費やした結果、人を見下していた尖り切った人生から、人の感情を共感し理解する相談役の人生へとコペルニクス的転回を果たす。 これからの時代は感情の時代になると確信しており、感情のあり方が幸せに直結するとの考えから、複雑な感情の流れを論理的に整理することに挑戦している。 モットーは Make the invisible visible 詳しい自己紹介はこちら