どうしたら幸せになるのかというのは、単純にして難しい問いだ。
その答えが真に出るのは、あらゆる経験をした晩年になってから人生を振り返った時かもしれない。
しかし、晩年になって初めて人生で幸福の意味を知ってももはや遅い。取り返すのに必要な時間は残されていない。
だが、もし多数の人間を10代から90代に至るまでその人生の期間にわたって、肉体的な健康や精神的な幸福を定期的に細かく追跡するような実験が行われた場合には、ある程度幸せの全体像がつかめてくるのではないだろうか。
現実的には、こういう実験を行うとするならば、100年単位の実験になる。
研究にも何世代にわたって後継者が必要になるだろうし、その間研究費が出続けるかもわからない、なんせ結果が出るのは何十年も先だ。
プライバシーの問題も切っては離せない。個人の健康や幸福を事細かに人生スパンで調べられるのは、明らかに嫌だという人も多いだろう。また、最初は実験に賛同的だった人が、数十年の間に心変わりしたとしても不思議ではない。
そんな夢のような長期的実験が成り立つのは、思考の上でだけだ。
と言うと、誰もが納得するのではないだろうか。
だが、実は上記の実験は存在する。そして実験の結果も出ている。(1)
ということは、幸福のヒントはすでに表されている。今回はそこについて考えてみたいと思う。
最長の研究
ハーバード成人発達研究では、成人724人を75年間にわたって、仕事や家庭生活、健康の記録を休むことなく調査し続けた。
1938年に始まったこの研究は、今でも60人ほどが参加しており、そのほとんどが90代という年齢にさしかかっているという。まさに人生をかけた実験だ。
今この研究に責任を持っているのは、ハーバード・メディカルスクールのロバート・ウォルディンジャー教授。彼はこの実験の4代目責任者であり、新しい実験を最初の実験者の子供達2000人以上に対して行なっているというのだから、話はさらに壮大だ。
この実験では、2グループの対照的な男性たちを扱っている。1つ目のグループは、実験が始まった1938年時点でハーバード大学の2年生だった男性たち。もう1グループは1938年当時、ボストンの最も貧困な環境で育った男性たちが選ばれた。
この10代の若き青年たちは、のちに工場で働く労働者になった人、弁護士になった人、レンガ職人になった人など本当に様々な生涯を送り、なんとその中からアメリカ大統領になった人物も1人いた。
逆に、アルコール中毒になってしまった人や、精神疾患にかかってしまった人もいる。多様な人生をこの研究では観察することになった。
熱心な研究者たちは、1年ごとに参加者たちに電話して、彼らの生活に対する質問票を送っていいかと聞き続けた。
そればかりではなく、自宅でのインタビュー、彼らの専属医から医療データの提供、本人と奥さんが最も心配していることを話し合う映像まで撮影して分析したというのだから本格的だ。
しかし、このような膨大な情報に基づく75年の研究が示したことは、非常にシンプルだ。
「私たちを健康に、幸福にするのは良い人間関係に尽きる」
ただそれだけだそうだ。
ロバート・ウォルディンジャーは、教訓を次の3点にまとめている。
1点目は、家族・友人・コミュニティとの繋がりがある人は幸福・健康であり長生きする。逆に孤独は幸福や健康にとって害になり、寿命も短くなる。
2点目は、繋がりの中でも重要なのは、数ではなく、身近な関係の質である。50代の時のコレステロール値よりも、その当時の人間関係の質の方が、80代になった時の健康や幸福を的確に予測することができる。
3点目は、良質な繋がりは、身体的な健康のみならず、早期の記憶障害からも人を守る。
良質な人間関係を築く難しさ
さて、この研究が意味するところが本当だとすると、我々の教育は決定的に間違ってきたことになる。
なぜなら、「良質な人間関係の築き方」を学校教育では一切行わないし、家庭でもおそらくほとんどがそうであるからだ。
良い大学に進学することや、良い企業に就職することが幸福や健康に一番直結するのであれば、現在の教育は悪くはないかもしれないが、残念ながらそうではないらしい。
ハーバード大学を卒業した学生たちをもってしても、やはりそのほかの何かではなく良質な人間関係こそが重要だというのがこの実験の意味するところだ。
しかし、親や学校の教育のせいにはできない。
親にも先生にも、自分が良質な人間関係ゆえに幸せだと胸を張って誇れる人は少数派なのだろうし、そもそも人類歴史自体が人間関係の葛藤と殺戮の歴史だ。
つい最近の20世紀は人類歴史最大規模の殺し合いに終始していたし、21世紀に至っても、相変わらず人類は愛し合うよりも憎しみ合うことに時間を費やしている。
何をするべきなのか
良質な人間関係を築くには、自分や他者を含む深い人間理解や、愛する能力の向上などが欠かせない。
その辺りは以前から触れてきた。
しかしここに壁がある。
資格試験に合格することや、社内で出世することとは違い、自分の良質な人間関係構築力は目に見えにくい。もちろん数値では測れない。
目に見えない抽象的なものだというだけで、自分が向上しているのかわかりにくいため当然取り組むのが難しくなるのだが、その曖昧さだけが問題になるのではない。
自分が取り組むものが抽象的で定性的なものである場合「他者から評価されること」が自分の人生の指標になっている人に関しては、間違いなく手をつけたがらない。
他者から評価される、自分の実力を証明する、成功者として見られる、などが人生の目的になっている人が目指すのは「他者からわかりやすい指標」になる。つまり、お金や権力や外見などだ。
自分の愛する能力や、人を見る能力が向上しても、それがTOEIC950点のようにわかりやすく周りに伝わることはない。
つまり、自分の軸を持って人生を生きようとしないと、中々良好な人間関係構築力は上がらないと思うのだ。そう考えると、個人の努力だけではなく、長期的には社会的に認知をされて教育システムに組み込まれていくべきだろう。
先に紹介した研究では、孤独が健康にも幸福にも害になると発表している。
最近では、独りがいいと自ら孤独を選択するような生き方がちらほら注目されるが、誤解を恐れず言えば、孤独は「良質な人間関係を経験した結果」ではなくて「良質な人間関係を経験できなかった結果」だと考えるのが自然なように思う。
また、幸福を時間軸に沿って考えると、所得は上がり続けているのに幸福度は上がらない。こういった統計が各国で見られるようになってきた。
きっと我々が宇宙に旅行に行けるようになっても、空飛ぶ車で移動するようになっても、世界中に超高速Wi-Fi網が敷かれたとしても、我々は幸せにはならない。それだけは確かだ。
わかりやすく人々の興味を惹く近未来的なスマートシティを目指す前に、目の前の人と良好な関係を築く構想や設計が今求められているのではないだろうか。
参考・引用
(1)https://www.ted.com/talks/robert_waldinger_what_makes_a_good_life_lessons_from_the_longest_study_on_happiness?language=ja#t-750249
こんばんは!
「良質な人間関係」ですか……ため息が出ますねぇ(苦笑)
毒親持ちにはハードルが高いです。自己肯定感が低いから。
最近、自分が両親の悪いところをコピーしていると気づいてしまって、
かなり凹んでいるので(汗)
もともと丈夫な方でもありませんから、
最期はピンピンコロリ?がささやかな理想なのに、
70歳まで働けなんて酷だと感じています。
衣吹さんこんばんは。
いやぁ、書いてはみたものの確かにハードル高いですよねぇ。なんか刺すような表現になってしまいすみません。私自身もまだまだ人間関係における課題が多いです。
でも、何も知らないながらではありますが、ただただ応援しております!