年上から見た私、年下から見た私

つい先日、興味深い研究を発見した。年齢と自尊心の関係に関する研究だ。(1)

人の自尊心は年齢と共にどうなっていくのか。皆さんも考えていただきたい。

欧米では、基本的に年齢と共に自尊心が高くなっていくが、5,60代をピークに下がっていく。確かにその年代になると、思考力も体力も低下し、自分が人生の下り坂に入っていることを嫌でも突きつけられる。

新しいことを学ぶのが難しくなり、柔軟な価値判断というよりは、自分が今まで培った人生観にしがみつくようになる。結果、時代の流れについていけない感覚を覚え、衰えの中で自分が弱くなっていくのを感じるのだろうと思う。

しかし、同じ研究が日本では異なる結果を示した。80代に至るまで自尊心が上がり続けたのだという。

この理由をシンプルに結論づけることはできないが、少なくとも、年長者を欧米以上に尊ぶ日本の文化と無関係ではないだろう。

欧米と違い、日本では年上ということが敬語を使う判断材料になり、序列的な感覚を容易に生み出す。

年齢と序列

年齢という要素が序列になってくるということは、相手が年上か年下かで接する態度に変化があるということだ。

仮に相沢さんという人物がいるとしたら、相沢さんは年上の人と年下の人に対して違う接し方をする。となると、年上の人から見た相沢さんと、年下から見た相沢さんは印象が変わるはずだ。

そう考えると「私は相沢さんのことをよく知っていますよ」という意見は役に立たない可能性が浮上する。どこから見ているかで変わるからだ。

自撮りする際に、上から自分を撮るのと、下から自分を撮るのとでは、同じ自分だったとしても完全に印象が変わる。撮る角度、見る角度は同一人物を別存在に変えるのだ。結果として、盛られた画像や残念な画像が出来上がる。

相沢さんもまさにそうだ。上から見るか下から見るかで全然違う存在になってしまう。

上からの評価

年齢がある程度離れている場合、上からの評価が良くなるために重要な要素は、素直で従順であること、愛想がいいことなどが挙げられる。

逆に、自分の個性や強みを主張することは、大抵の場合マイナスに働く。その理由を考えよう。

年齢と共に自尊心が向上し続けるということは、年齢が周りより上だという比較が自分の中で強いアイデンティティになることを意味する。

比較して周囲より上であることがアイデンティティならば、年齢が下の人が自分にない個性や強みを持っているという事実が、自分が上であることを脅かす要素になるのだ。

よって、アイデンティティが崩壊するので、自分より優秀な年下は好きになるのが難しい。

周囲との比較で自分のアイデンティティを保とうとする人が、年下に望む態度は当然「自分の方が下ですよ」を意味する、従順や素直、愛想の良さなどになってくる。

仕事だろうが、プライベートな付き合いだろうが、基本的にはその辺りはあまり変わらないはずだ。

そう考えると、年上に評価されるためには基本的に本音を出さないのが得策になる。年上のプライドを刺激しないように接することが無難だ。

目上の人を無条件に尊敬できるような人にとっては朗報だ。あなたは恐らく簡単に気に入られることだろう。

下からの評価

自分の方が年齢がある程度上の場合、下からの評価はどう決まるだろうか。ここでは状況によって色々な要素が考えられるが、わかりやすいのは面倒見が良いことではないだろうか。

面倒見が良くて、世話してくれたりご馳走してくれたりする年上は基本的には好かれる。

何かの組織に所属している場合には、下からの評価を無理に得る必要が少ないため、どちらかというと下からの評価は素の自分を見られる傾向があると言える。

割れる評価

そう考えると、上から見た評価と下から見た評価の軸が完全に違うことに気づくはずだ。例え、その人物がありのままで自分を偽らずに振る舞ったとしても、相手が年上と年下では基本的に違いが出る。

だが、例え評価軸が違ったとしても、年上に対しても年下に対してもそれぞれから高評価を得る振る舞いを取る人物なら特に問題はない。また、逆にどちらからも低評価を喰らう人間も同様に関係ない。

しかし、年上からは高評価かつ年下からは低評価の人物と、年上からは低評価かつ年下からは高評価の人間は、評価が完全に割れる。私はそのような人物をこれまでたくさん見てきたし、それは皆さんも同じことだろう。

そして、面白いのは、年下から見ると、ある特定の人に対する自分の評価と年上からの評価が違っているのを認識したり理解することが比較的できるが、年上からそれを認識するのは簡単ではないことだ。

もしかしたら冒頭に紹介したように、年齢が上がるほどに自尊心が上がることが、年下から見たある人の評価を受け入れる妨げになっているのかもしれない。

さて、評価が割れるとどういうことが起きるのか考えてみたい。

年上からの高評価と年下からの低評価を受ける人

このパターンにわかりやすく当てはまりそうなのは、いわゆる権威主義的な性格の人だ。

アメリカの社会心理学者であったエーリック・フロムによると、権威主義的な性格の人は権威に従うことを好むと同時に、自らも権威になり他のものを従わせたいという願望を併せ持つという。つまり、上の人には高評価をもらうべく媚を売り、下の人には偉そうに威張った結果、低評価をもらうということだ。

この手の人は、下の人間に対するマネジメント能力に欠ける割に、上からは評価されてしまうため、組織にいると癌になりやすい。

組織の中では、下からのネガティブなフィードバックが上がってきたとしても、上にさえ気に入られていれば、その意見は黙殺されることも少なくない。

そのため、ヒエラルキー型の組織で生きるには割と都合が良いことになるのがこの手の人だ。

そして考えてみて欲しい。この手の人はとにかく就活や転職活動などの面接にめっぽう強い。面接の相手は基本的に上の人になるからだ。

そうは言っても、面接官は長年の経験から人を見抜く能力を持っていると考えるかもしれないが、それは勘違いだ。

なぜなら、面接官とのやり取りでは、その人物がどのように下の人とか変わるかは決して見えてこないからだ。彼らは気に入られるためならば様々な返答をすることができる。

結局、組織運営で最も重要な要素の一つであるはずの部下のマネジメント能力は、採用の段階で闇に葬られることになる。皮肉な話だ。

ここまで書くと、そんな権威主義的な人なんてすぐに見抜けると思う人がいるかもしれない。そういう意見があるのはもちろん理解できる。

しかし、アメリカの人気作家マルコム・グラッドウェルの『トーキング・トゥ・ストレンジャーズ』によると、一般人だけでなく嘘を見抜く専門家でさえも見抜くのが極めて難しいタイプの嘘つきは、「誠実な嘘つき」であるという。(2)

このタイプの人は、全然怪しい雰囲気がなく誠実にはっきりと嘘をつく。嘘つきにありがちな、目を逸らしたり気まずそうに口籠るような仕草は見られない。

そして、権威主義的な人は誠実な嘘つきであることが多い。彼らに悪気はない。純粋に上の人に気に入られるために自分を作り上げる。そこに良心の呵責や違和感は感じていない。そう、まさに1番見抜くのが難しい「誠実な嘘つき」だ。詳しくは以下のブログを参照して欲しい。

人を見抜けない我々の悲劇

2020年6月30日

もしあなたが年下のある人物のことをよく知っていると思うならば、一対一で話してみて欲しい。

その際に、あなたの方が話す側に回る時間が多いなら、その人のことを知っていると勘違いしている可能性が高い。

年下にとって、年上との話は聴く側に回る方が無難だと知っているし、相槌やリアクションをとって、いい気分になってもらうのがわかりやすい接し方だと理解しているからだ。

そして年下にとって、年上に何かを話すと正されたりジャッジされることが頻繁に起こるという経験を積み重ねてきている。求めていないアドバイスや自論の押し付けに困ることは目に見えている。

そんな状況で自分の本音を誰にでも率直に話すというリスクを負ったりはしない。

逆に、年下と話すときに自分がほとんど聴く側に回ってるのであれば、その人に対する理解度は深い可能性がある。

年上からの低評価と年下からの高評価を受ける人

逆のパターンの人はどうだろうか。年上からは好かれず、年下から好かれるタイプだ。このタイプの人は上の人に対して比較的シビアな目を持っており、安易にいい顔をするのを嫌がる。しかし、下の人に対しては面倒見が良く慕われやすいところがある。

この手の人は組織では部下のマネジメント能力に優れる素質を持ちながらも、上司からその能力を評価されることがとても少ないと考えられる。重要な意思決定のほとんどを上が行うというヒエラルキー型組織の性質上、完全に損をするタイプだ。

かと言って、うまく社内政治や大人の付き合いに妥協するのは、このタイプには難しい。今の社会構造上、その能力が1番無駄になりやすいタイプかもしれない。

ただし、おそらく組織の中だろうが外だろうが、年齢が一定以下の人からは常に信頼を勝ち取れるタイプと言える。

年齢という強烈なバイアス

人を理解するというのは本当に簡単ではない。年齢という一つの要素でも強烈なバイアスがかかるにも関わらず、我々は他人を簡単にわかったつもりになる。

私は以前、年齢と学歴と肩書きをわからないようにする社会実験を行ったら、人の本質が見えるのではないかという記事を書いた。

年齢と学歴と肩書きを非公開にする思考実験

2020年3月2日

大切なのは、直接的に他者理解を深めたければ、自分が限りなくバイアスを強調しないような接し方をするということなのだと思わされる。

参考・引用
(1)https://research-er.jp/articles/view/91039
(2)マルコム・グラッドウェル『トーキング・トゥ・ストレンジャーズ』光文社、2020年

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IQ155オーバーだが、自信があるのはEQ(心の知能指数)の方で、繊細な感受性の持ち主。 大学時代に週末はあらゆる大学生と人生を語り合うことに費やした結果、人を見下していた尖り切った人生から、人の感情を共感し理解する相談役の人生へとコペルニクス的転回を果たす。 これからの時代は感情の時代になると確信しており、感情のあり方が幸せに直結するとの考えから、複雑な感情の流れを論理的に整理することに挑戦している。 モットーは Make the invisible visible 詳しい自己紹介はこちら