反対するよりも賛成することにフォーカスする

この10月から、改正プロバイダ責任制限法が施行された。これにより、SNS上などで誹謗中傷を受けた場合に発信者の情報開示請求が簡単になり、その範囲も今までより広がった。

これでネット上に蔓延する誹謗中傷も少しは減るのか、あるいは大きな変化がないまま開示請求の数が増えてより一層深い闇の世界にスポットライトが当たるのか。

どうなるかわからないが、今回の焦点はそこではない。

物質的には十分成熟し、先進国を中心にスローダウンしているこの社会において、そろそろネガティブな感情にエネルギーを費やし続けることそのものに疑問を持った方が良いのではないかというのが今回のテーマだ。

1000年以上前の歴史上の偉人たちが現代に現れたら、高度に発達した科学文明に驚愕するだろうが、あまりに進歩がない人間関係にも驚きを隠せないのではないだろうか。「人類は宇宙に辿り着き、深刻な飢餓や疫病を撲滅する魔法のようなことさえやってのけているのに、集まって喧嘩しないでいる方法1つまだ考えつかないのか。

アルゴリズムに支配される僕ら

あなたが触れているメディアの情報は建設的でポジティブなものが多いだろうか、それとも批判的でネガティブなものが多いだろうかと問えば、大多数が後者だと答えると思う。

それもそのはず、メディアからしてみれば、人間の怒りや恐怖、不安などの感情を煽る内容が最も視聴率やクリック数を稼げるからだ。あなたの感情がより揺さぶられ、多くの時間をメディアに費やしてくれることを彼らは望んでいる。多少正確性に欠けても大丈夫だ。話題になればそれはそれでさらに数字を稼ぐことできるし、誰もがフェイクニュースを的確に見抜けるわけではない。

もちろん人間の感情を逆の方向に動かす感動的なストーリーが時には現れるかもしれないが、それよりも日常的に溢れている有名人の不倫や企業の不祥事、政治家やインフルエンサーの問題発言を探す方が圧倒的に楽だ。

ある研究によると、ニュースは中毒性が高く、リスクの誤認、不安、気分の低下、無力感、他者に対する軽蔑と敵意、感情の麻痺を引き起こすという。(1) 他にも、ニュースがメンタルヘルスに害を及ぼすという研究は無数に存在する。

インターネットのない時代から受け継がれてきた、新聞やテレビのニュースを見ることが教養だという教えは、極端なアテンションエコノミーの現代においては再考が必要かもしれない。

アテンションエコノミーと日本の相性の悪さ

そして悲しいことに、この怒りや恐怖、軽蔑の感情を煽ってくるアテンションエコノミーは、日本人との相性が悪い。その理由は、日本人は歴史的に他者との違いを尊重する感性や、ジャッジメンタルであることへの嫌悪感が弱いからだ。

例えば、英語圏では
“No judgement.”
“Don’t be judgmental.”

などの表現が度々使われる。他者の意見を尊重することを良しとし、自分の正義に固執して他者に批判的になることをあまりよく思わない文化が明確に存在するのだ。

例えばアメリカであれば、社会正義や政治的な話題に関しては分断していて手がつけられない状態になっているが、個人の人生における範囲内の言動については基本的にジャッジされにくい。キリスト教の影響自体は弱まっているが、なんとなくそういう道徳観は残っている。





しかし、日本はジャッジすることがよくないという感覚が歴史的に弱く、ジャッジされる側に問題があるという文化が根強い。表現の幅が広く繊細な意味合いを持つ言葉が多い日本語だが、言語として非常にシンプルなはずの英語の「ジャッジメンタル」を意味する正確な訳が私には見つけられない。

そうなると、アテンションエコノミーが得意とする負の感情を煽る内容に抵抗する力が弱いので、自分が気づかないうちにアルゴリズムに感情を支配されるような形になってしまう。とても相性が悪い。

「A氏がB氏を激しく批判!」という見出しをクリックしてしまったら、A氏に同意してB氏に怒りの感情が沸いたとしても、A氏の批判は不当だと感じてA氏に怒りの感情が沸いたとしても、どちらにせよメンタルヘルス的にはダメージを受ける。もちろん当事者のA氏やB氏も記事の内容の真偽に関わらず大ダメージだ。

今や、ネット上での批判や誹謗中傷は依存性を帯び、一種のエンタメと化している。匿名性という最強の武器を装備したストレスフルな現代人は、気に入らない人に正義の鉄槌を下し、カタルシスを得ている。そういった人の多くは、自分が正しいと思っている故に違和感もなく、依存症になっていると気づいてもいないだろう。

ニュージーランド政府は、2009年以降に生まれた人がタバコを購入することを生涯にわたって禁止する方向で法案を調整している(2027年施行予定)。世界的に見ても先鋭的な政策だが、健康面においてメリットがない上に依存性が強いタバコをなくしていくという選択は(喫煙者には申し訳ないが)英断だと思う。

同じように、依存性が強く、メンタルヘルスに大きな害を及ぼす情報のあり方に対処する大胆な政策をどこかの国が取るようになっても面白い。1日1箱タバコを吸うよりも、1日1時間SNSを見ている方が健康面の害が大きいとする研究があってもなんら不思議ではないのだから。(もう既にあるかもしれない)

建設的な批判や反対

もちろんネガティブな感情に身を任せた批判や中傷ではなく、建設的な批判や反対運動は大いに歓迎した方がいい。

人種差別に反対し、公民権運動を展開したキング牧師はその好例で、学ぶ価値がある。私が一番感動するのは、キング牧師は白人を感情的に攻撃することを目的としなかったことだ。

彼は怒りを抑えて非暴力に徹することを徹底し、そのために抵抗の過程で怒りの感情をコントロールするためのワークショップを仲間と開催していたほどだ。じっと見つめ続けていた先は、あくまで白人の打倒ではなく、人種差別の解消だった。

I have a dream.
という一節から始まる有名な演説も、そのことを饒舌に語っている。

彼の夢は、ジョージア州の赤土の丘で、かつての奴隷の息子たちとかつての奴隷所有者の息子たちが、兄弟として同じテーブルにつく夢であり、黒人の少年少女が白人の少年少女と兄弟姉妹として手をつなげるようになるという夢だった。

決して、人種差別に対する損害賠償を白人に請求するものでもなく、今までやられた分を倍返しにしたいというものでもなかったのだ。

また、有意義な反対や批判には理想や代案が伴うというのも重要な観点だ。キング牧師は人種差別にただ反対するだけではなく、理想の未来が明確に見えていた。怒りの矛先をぶつけるものではなく、憧れの未来を渇望するものだった。

理想や代案の伴わない批判や反対は、感情的な攻撃のための批判であることが多いと個人的には考えている。それは、反対される側と同じ舞台には上がらない、ビルの5階から歩道を歩いている通行人に向かって石を投げつけるような行為だからだ。

現代では、政治からSNSの投稿まで、批判のための批判が横行しているのを考えると、キング牧師の理念はなんと美しかったことだろう。彼は現代人と違って、明確に差別を受けている側の人間であるにも関わらず怒りを抑えて歴史を動かしたからだ。現代では当時のようにバスの席やトイレまで分けられるレベルで差別されている人を探すのは極めて難しいにも関わらず、攻撃的な感情を抑えて建設的な批判ができる人を探すのも難しい。

私は何に賛成するのか

この記事を書こうと思ったのは、ふとした瞬間に、人類が醜く言い争うエネルギーが、建設的なものに変わったらどれだけ世界が変わるだろうかと感じたからだった。

2019年に出版され、世界的なベストセラーになった『FACTFULNESS』を読んだ当時、世界が悪い方向に向かっていると自分がいかに勘違いしているか痛感した。依然として地球温暖化のような大きな問題も残ってはいるものの、多くの問題は解決傾向にあり、世界は確実に良い方向に進んでいると少なくとも統計からは判断できる。(2)

最近知ったEffective Altruism(効果的な利他主義)というムーブメントでは、世界中のあらゆる慈善団体の費用対効果を客観的に測定し、最も効果的な団体とその科学的な理由を説明し、寄付先として紹介している。(3)

私はその紹介された団体をほとんど知らなかった。世界が確実に良くなっているのは、それを良くしようとしている人たちがいるからなのに、そこにスポットライトはあまり当たっていない。不思議な感覚に襲われた。

世界を恐怖に陥れる国際的テロ組織や、他国の侵略を計画する独裁者の名前は知っていても、貧困や特定の病気を解決するために最も効果的な成果を挙げている団体やその創設者を知らないというのは偏っていると気づいたからだ。

不毛な負の感情の闘争をするでもなく、巻き込まれるでもなく、賛成できるものについて考え、それを表す。そうありたいと考えさせられたのだった。

FACTFULNESS(ファクトフルネス)10の思い込みを乗り越え、データを基に世界を正しく見る習慣 Kindle版

〈効果的な利他主義〉宣言! ――慈善活動への科学的アプローチ 単行本 – 2018/11/2

参考・引用
(1)https://www.constructivejournalism.org/wp-content/uploads/2016/11/Publishing-the-Positive_MA-thesis-research-2016_Jodie-Jackson.pdf

(2)ハンス・ロスリング『FACTFULNESS(ファクトフルネス)10の思い込みを乗り越え、データを基に世界を正しく見る習慣 』日経BP、2019年

(3)ウィリアム・マッカスキル『〈効果的な利他主義〉宣言! ――慈善活動への科学的アプローチ』みすず書房、2018年

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ABOUTこの記事をかいた人

IQ155オーバーだが、自信があるのはEQ(心の知能指数)の方で、繊細な感受性の持ち主。 大学時代に週末はあらゆる大学生と人生を語り合うことに費やした結果、人を見下していた尖り切った人生から、人の感情を共感し理解する相談役の人生へとコペルニクス的転回を果たす。 これからの時代は感情の時代になると確信しており、感情のあり方が幸せに直結するとの考えから、複雑な感情の流れを論理的に整理することに挑戦している。 モットーは Make the invisible visible 詳しい自己紹介はこちら