ポジティブでいるべきかネガティブでいるべきか

仕事や家庭での人間関係に対する愚痴を誰かに話すことで発散する。よく見られる現象だ。日本ではネガティブな気持ちを表すことをビジネスや公の場では敬遠されることが多いが、信頼関係のあるプライベートな付き合いでは不平不満や愚痴を共有して楽しむ文化がある。

これは、保守的で自分から変化を求め行動を起こすのが苦手な日本人らしい特徴で、グローバルなものではない。欧米の人と接すると、「そんなに不満ならなぜ転職(離婚)しないの?」「我慢する意味ってある?」という価値観の人が多い。

そもそも、「せっかくの人生楽しく生きようぜ」という感性で、ネガティブな話自体を好まない。特にアメリカなどはその傾向が強い。

はたして、私たちはポジティブでいるべきなのか?それともネガティブな気持ちを表すべきなのだろうか?

ネガティブな気持ちを表す

ネガティブな気持ちを表すことは、率直さや誠実さといった印象を与えることがある。裏表がなく信頼しやすいと感じられるし、何を考えているかはよく伝わってくる。若者は、一切ネガティブなことを言わず、弱音を吐かない従来のリーダー像に親近感を覚えにくい。

その反面、率直なのはいいとしても、口を開けば不平不満や嫉妬、悪口ばかりの人もいる。そういう人の近くにいると凄まじくエネルギーが奪われていき、非常に疲れてしまう。往々にして、そういう人の負のエネルギーはなかなか止まることがない。

私自身の経験としても、ネガティブな話を聞き続けることで相手の気持ちがスッキリして前向きになる人(女性に多い)もよく出会うし、ネガティブな話を聞き続けると逆にエスカレートしていって恨みっぽくなってしまう人にも出会う。

ネガティブな気持ちを出すとどうなるかは、人や状況依存と言う他なく、なんとも難しい。

なんとなーく感覚としてあるのは、不平不満や愚痴をいう場合に「本当は自分自身にも原因があるのが分かっているが、わがまま言いたい」人のネガティブな気持ちは、受け止め続けると相手がスッキリして勝手に前向きになっていくことが多い。

逆に、「相手や環境に原因があり、自分は少しも悪くないことを理解して欲しい」人のネガティブな気持ちは、受け止め続けると逆に相手の怒りが増幅していくことが多いということくらいか。

しかし、これも必ずしも当てはまることでもなんでもない。自分が感覚的に捉えている傾向にすぎない。人間の感情は複雑だ。

ポジティブであり続ける

それでは、ネガティブな気持ちを出さずに極力ポジティブでいようという態度に関してはどうだろう。ポジティブであることは、周りを和ませ、明るい雰囲気を生み出してくれ、心身の健康にも大きく影響する。

私自身もどちらかといえばポジティブで、フロイトのような病気や負の感情に焦点を当てた人間研究よりも、マズローのように成長や可能性に焦点を当てた人間研究の方が好みだ。

しかし、私がカウンセリングで最も苦戦してきたのは、ネガティブな部分を一切出さない人たちだった。心に秘めているネガティブな本音を引き出すのが難しいからだ。

ネガティブな部分を出さず、ポジティブでい続けようとする人は、周りからすると時として本音がわからず、信頼しにくいと思われることがある。また、我慢するのが癖になると、自分自身の本音がわからなくなることもある。

冒頭で、ネガティブな気持ちを出すことに否定的な海外の話に触れたが、実はアメリカのようにポジティブが正義という風潮のある国でさえ、「ポジティブであることがあまりにも良いことだとみなされすぎている」という話題がYouTubeで取り上げられるのを目にする。

アメリカと言えば、今でも覚えている出来事がある。ネバダ州のある大学で学生サークルのイベントに参加した時のことだ。グループに分かれてのディスカッションが非常に盛り上がっていると感じた私は、サークルの代表である男子学生にイベント成功の秘訣を聞いてみた。

彼は、ディスカッションで自分の内面的な弱さやに関しても、みんなで分かち合えるような工夫をしていると答えてくれた。先述のように、アメリカでは自分の意見に自信を持って発言することを強要されがちだ。

そういう彼らが、皆で弱さを共有できる文化に触れると、新鮮さや温かさを感じるのだそうだ。まさにポジティブすぎる難しさを教えてくれるような事例だ。

感情との付き合い方

結局、ネガティブであるのが良いかポジティブであるのが良いかという観点には限界がある。状況次第、人次第という他ない。複雑な人間の感情に数学の方程式のような、わかりやすい二者択一のロジックを持ち込むこと自体があまり美しくないとも思う。

大切なのは、自分のネガティブな感情とどう付き合うのかということなのだろうと思う。誰もが、自分のネガティブな気持ちを無視しては生きていけないのだから。人間関係の悩みとは、言い換えれば自分のネガティブな感情が引き起こす問題だ。

そういう意味で、まずはありのままの自分の感情を観察する瞑想やマインドフルネスにスポットライトが当たるのは本質的だと思う。この時代はもっといくらでも感情に焦点が当たってもおかしくない。

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ABOUTこの記事をかいた人

IQ155オーバーだが、自信があるのはEQ(心の知能指数)の方で、繊細な感受性の持ち主。 大学時代に週末はあらゆる大学生と人生を語り合うことに費やした結果、人を見下していた尖り切った人生から、人の感情を共感し理解する相談役の人生へとコペルニクス的転回を果たす。 これからの時代は感情の時代になると確信しており、感情のあり方が幸せに直結するとの考えから、複雑な感情の流れを論理的に整理することに挑戦している。 モットーは Make the invisible visible 詳しい自己紹介はこちら