ギブアンドテイクについて考える③

ギブすることが自己犠牲と感じるのは、量の問題ではなく質の問題だということについて考えたい。

ギブアンドテイクについて考える①

2020年2月6日

ギブアンドテイクについて考える②

2020年2月7日

『GIVE & TAKE 「与える人」こそ成功する時代』には、他者志向のギバーが、荒れた学校に教師として赴任するも、あまりにひどい状況を前にして燃え尽きてしまう、若き優秀な女性のエピソードが描かれている。

しかし、彼女がそこから立ち直ったのは、仕事を辞めたからでも休みを取ったからでもなかった。彼女の行動は、燃え尽きやすい自己犠牲的なギバーに対してよく言われる「自分を大切にする」という主張から驚くほどかけ離れていたのだ。

なんと彼女は自分でNPO法人を立ち上げ、休日をさらなるボランティア活動に捧げたのだった。結果として、ギブする時間が週に10時間増えたにも関わらず、彼女の気力は回復して、元の仕事もうまくいくようになってしまった。

本書によると、その原因はギブの質にある。荒れた高校では、状況を全くコントロールできず、自分がギブしていることが誰かの役に立っている実感が持てなかった。しかし、NPOではそれをはっきりと感じ取り、人の役に立てる喜びを取り戻し、学校でもそれを応用するようになって、うまくいき始めたということだ。

360日働いた日々

個人的な告白になるが、実は新卒から5年の期間、1年の中で仕事を全くしなかったのが5日くらいだった。今思うと凄まじい働き方をしていたと自分でも驚く。

しかし、私は全く仕事人間ではない。出世すること、目標を次々に達成すること、経済的に成功者になること、有名になることなどに、ほとんど関心がない。

ビジネス書をたくさん読みはするが、ビジネスの成功のためというよりも、人や組織のあり方そのものに関心があるからだ。

そんな私がストイックな働き方をしていたのは、仕事の中で直接人の役に立てるという貢献の実感からくるやりがいを強く感じていたからだった。そういう意味で、疲れはあったが何よりも楽しかったのだ。今冷静に振り返っても、決して変に無理をしていたとは思わない。

しかし、ストイックな働き方はあっさりと終焉を迎えた。その現場から異動になり、事務方に回った私は、直接的な貢献の実感がなくなり仕事が辛くなってしまったのだ。土日祝日も休みで、残業もほとんどない職場環境に変わったのだが、それでも耐えられなかった。

ギブの質が、貢献を強く実感できるものである場合、疲れを超えて活動し続けられる可能性がある。ギバーにとってはそれが顕著だと思う。

ギブという筋トレ

自己犠牲的なギバーよりも他者志向のギバーを目指すのならば、義務的なギブ、ではなく、自分が少しでも喜べそうなギブを繰り返し経験するところから始めるのが良いと思う。

ほんの少しの親切や、何気ない行動だったとしても、相手に何かしてあげることが嬉しいという動機や、結果的に得られた実感を大切にしながら、無理のないレベルで積み重ねていく。

積み重ねているギブが、自分が喜べる範囲を超えていると感じたときには、当然レベルを落とすことが必要だ。ベンチプレスで50kgをなんとか上げる人が、いきなり100kgを上げることはできない。

また、自分のことで一杯一杯になっているような時になど、いつもならこのくらいのギブが喜んでできるとしても、今ギブした場合には義務感でのギブになってしまうと自分の中で感じる時には抑えた方がいいだろう。

いつもはベンチプレスを50kg上げているのに、なんか今日は体調が良くないという場合にはそれよりも軽い重量を上げるか、そもそもその日はトレーニングをなしにするなどの選択肢を取ることと同じだ。

ギブの筋肉は、適切にトレーニングさえ行えば徐々に大きくなる。そしてその筋肉が最も問われるのは家庭や友人関係だと思われる。

『GIVE & TAKE 「与える人」こそ成功する時代』では、ビジネスの文脈でギバーたちの存在を鋭く捉えているが、この資本主義のOSに則った社会では、別にギバーでなくてもやっていける方法がいくらでも存在すると考えられる。資本主義と利他主義は相性がいいというわけではない。

しかし、家庭や友人関係においては利他主義が大いに役に立つ。ベースが利益の追求ではなく、お互いの信頼や幸福になるからだ。

特に家庭を見ていった場合は、利他主義を前提としたOSでしか成り立たないようにプログラムされているとさえ思う。お互いに、わかりやすく会いたくて会いたくて仕方ない恋人時代と違い、夫婦というのは現実的な共同の役割分担の連続であり、子育ては愛情という観点を除けば自己犠牲でしかないからだ。

ギブの精神が育っていなければそれは負担でしかないはずだ。離婚や幼児虐待、育児放棄がこれだけ蔓延しているのも、もちろんいいことだとは思わないにしても、論理的に考えて、そう帰結するのは仕方ない。

学生には答えの定まった問題の解き方を教え、社会人になってからは、その会社で生きていく方法を教えられる。ギブの仕方は基本的にあまり教わらないのだから。

ギブの美しさがこの国でもより評価されないか…もどかしい気持ちでいっぱいだ。

参考・引用
アダム・グラント『GIVE &TAKE 「与える人」こそ成功する時代』三笠書房、2014年

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IQ155オーバーだが、自信があるのはEQ(心の知能指数)の方で、繊細な感受性の持ち主。 大学時代に週末はあらゆる大学生と人生を語り合うことに費やした結果、人を見下していた尖り切った人生から、人の感情を共感し理解する相談役の人生へとコペルニクス的転回を果たす。 これからの時代は感情の時代になると確信しており、感情のあり方が幸せに直結するとの考えから、複雑な感情の流れを論理的に整理することに挑戦している。 モットーは Make the invisible visible 詳しい自己紹介はこちら