ギブアンドテイクについて考える②

前回思う存分ギバーっていいよねって話をしたのだが、ギバーに対していいイメージを持っていない人も当然いるはずだ。例えば、自己犠牲的、報われない、苦労が多い、など。

ギブアンドテイクについて考える①

2020年2月6日

実は『GIVE & TAKE 「与える人」こそ成功する時代』によると、ギバーは大きく2種類のタイプに分けられる。「自己犠牲的なギバー」と「他者志向のギバー」だ。ここの違いを明確にしないと、ギバーのイメージにズレが出るので詳しく触れておきたい。

本書の定義によると、利他的であるのは両方とも同じだが、自己の利益追求を考慮しないのが「自己犠牲的なギバー」で、自己の利益追求もしっかり考慮するのが「他者志向のギバー」だという。

例えば、「他者志向のギバー」は自分が困ったときにも比較的、周りからの助けを受け入れるのに対して、「自己犠牲的なギバー」は支援を受けることに居心地の悪さを感じるところがあるらしい。

皆さんも心当たりがあるのではないだろうか?
そう。本人は何かと周りを助けようとする割に、こちらから何か手伝おうとした場合には「いいですいいです」といって断ってくるあのタイプの人のことだ。

ギバーに関して触れる難しさの1つは、いわゆる成功するギバーとして説明されているのは「他者志向のギバー」であるのに対して、実際は「自己犠牲のギバー」の方が多いという点ではないかと私は考えている。特に日本はそうなりやすい文化的な背景もあるように思う。

そこで今回は、成功するギバーに近づくためにも、自己犠牲的なギバーの傾向について、今まで感じてきたことを深掘りしてみたい。

義務感との避けられない付き合い

現代イスラム教には、「ザカート」と「サダカ」と呼ばれる制度が存在する。どちらも貧しい人に対する喜捨を意味し、富の社会への還元や分配を目的としている。ただし、ザカートは義務であるのに対して、サダカは任意の自発的なものだ。

義務として施すのか、自発的な意志として施すのかという分け方は、まさに先ほど説明した2種類のギバーを思い起こさせる。私は「他者志向のギバー」は自発的で、「自己犠牲的なギバー」は義務的に動く傾向が強いと感じている。

義務的というのは、衝動的に心からそうしたいというよりは、状況的に仕方なくであったり、誰かがそうしなければならないとか、なんとなくかわいそうだからというようなギブの仕方だ。

特に、弟妹たちの面倒を見るように教育されてきた故に、自分が折れて与える立場に立つ経験の多い長男長女や、面倒な役を自分が引き受けることでその場が丸く治まるなら…という責任感が強く争い事が嫌いな人や、みんな大変なんだから自分も苦労しなければいけないという優しい人なんかによく見られる現象だ。

もちろん善意だし、疑いようもなくとてもいい人たちなのだが、義務的なやり方が結局のところ自分の心からの喜びに繋がりにくく、どこかで擦り減って、燃え尽きてしまいやすい。そして自己犠牲的なギバーは優しい人たちであるにも関わらず、自己肯定感がとても低いように思う。

コップの水

人間は育つ過程で愛情を必要とする。小さい子を見ていると、親の関心を惹こうとあらゆることをするし、親に愛してもらえるかどうかを1番気にしている。

親だけに限らず、人は成長する過程で愛情を注がれ、自分というコップに水がいっぱいになってくると、今度は自分だけが恵まれているのはよくないと思い始め、衝動的にギブに走るようになると私は感じている。

しかし、現実的にはコップに水が溜まり切る前に自分がギブする立場に義務的に立たなければいけないケースが訪れる。そこでどうしても義務的な習慣がついてしまうことは多いだろう。

そして、義務感が異常なまでに強いのが日本の特徴だ。「〜しなければならない」「〜ではいけない」という文化的な圧力がすごい。外国にある程度行った経験がある人ならわかると思うが、日本のルールや義務を守ろう、守らせようとする圧力は他の追随を許さない。そのおかげで治安はいいと言えばその通りだが…。

結果的に、コップに水の溜まっていない人が周りのコップに水を注いでいるというのが、私の「自己犠牲的なギバー」のイメージだ。

最近では周りのことばかり考える優しすぎる人に対し「自分を大切に」というメッセージが飛躍的に増えてきた。しかし、私の思う論点は「ギブしすぎか否か」ではなく「ギブの質はどうか」だと考えている。

次回は「他者志向のギバー」やギブの質に関して述べたい。

参考・引用
アダム・グラント『GIVE &TAKE 「与える人」こそ成功する時代』三笠書房、2014年

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

ABOUTこの記事をかいた人

IQ155オーバーだが、自信があるのはEQ(心の知能指数)の方で、繊細な感受性の持ち主。 大学時代に週末はあらゆる大学生と人生を語り合うことに費やした結果、人を見下していた尖り切った人生から、人の感情を共感し理解する相談役の人生へとコペルニクス的転回を果たす。 これからの時代は感情の時代になると確信しており、感情のあり方が幸せに直結するとの考えから、複雑な感情の流れを論理的に整理することに挑戦している。 モットーは Make the invisible visible 詳しい自己紹介はこちら